日本とドイツのビジネスコミュニケーション:なぜ「正しいことを言っても」伝わらないのか ― 優位性だけでは越えられない壁
- Rumi Hasegawa
- 3月24日
- 読了時間: 3分

最近、ドイツのビジネスパーソン向けに、日本のコミュニケーション文化についてお話しする機会をいただいている。
その中で改めて痛感したのは、日本のコミュニケーションの本質は「話すこと」ではなく、「察すること」にあるという点だ。
ドイツは、いわば「話術の国」である。内容を十分に準備することは世界共通だが、ドイツではそれをいかに明確に、論理的に、そして説得力をもって語れるかが重視される。レトリックを駆使し、顧客や取引先を納得させる力が求められる。
一方で日本は、「関係性の文化」である。何を話すかということも重要だが、それ以上に「どのような関係性の中で話すか」という枠組みが強く意識される。
ドイツのビジネスでは、
・自社の技術や品質への強い自負
・論理的に優位性を証明する文化
・「良いものは正しく説明すれば理解される」
という前提があるため、プレゼンテーションはどうしても「製品・サービス中心」になりやすい。
一方、日本では、
・顧客の状況や文脈をどれだけ理解しているか
・「この人は自分たちを理解している」と感じられるか
・問題の言語化も含め、そのプロセスを共に進めてくれるかといった点が重視される。
そのため、「顧客中心」であると感じられなければ、心理的な距離が生まれやすい。
ここに一つの典型的なズレがある。
ドイツ側は「解決策を提示しているつもり」であるのに対し、日本側は「まだ自分たちの問題を理解してもらえていない」と感じているのである。
さらに、日独間で大きな認識の差となるのが、「顧客とプロバイダー(サプライヤー)は対等な関係にあるのか」という点である。
ドイツの感覚では、両者は基本的に対等であり、率直に意見を交わすことが望ましいとされる。一方、日本では近年こそ対等な関係性が志向されつつあるものの、依然として多くの業界で見えにくい上下関係が残っているのが実情である。
たとえ唯一無二の技術やノウハウを持っていたとしても、それだけで完全に対等な関係が成立するとは限らない。
つまり重要なのは、ドイツの「通常モード」で顧客に接すると、日本ではやや強く、場合によっては配慮に欠けると受け取られ、結果として信頼を損なう可能性があるという点である。
日本においては、自社の価値を伝えることに加えて、顧客の状況を理解し、寄り添い、共に進んでいく「伴走者」としての姿勢が求められるのである。
つまり日本では、「正しいことを言う」だけでは十分ではない。「理解していると感じてもらうこと」があって初めて、ビジネスは前に進む。そして、逆も然りだ。ドイツでは自社の優位性を論理的に徹底的にプレゼンする必要がある。
この前提を知らずにコミュニケーションを続けると、どれだけ優れた提案であっても、意図しないところで機会を逃してしまう可能性がある。
日独間のビジネスにおいて成果を出すためには、この「見えにくい前提」を理解し、実践に落とし込むことが不可欠である。
当方では、日独企業・ビジネスパーソン向けに、両国市場におけるコミュニケーションや関係構築の支援を行っている。具体的な課題については、お気軽にご相談いただきたい。


