異文化コミュニケーションの問題が企業に与えるリスク
- Rumi Hasegawa
- 1月2日
- 読了時間: 5分
近年、ドイツでも日本でも、外国人就労者の数は確実に増えています。
ドイツではIT、医療・介護、製造業など、日本でも工場、介護、観光、サービス業などで、もはや「外国人なしでは現場が回らない」状況が生まれています。
数字だけを見れば、「多様な人材が活躍する社会」に向かっているようにも見えます。しかし、現場レベルでは必ずしもそうとは言えません。
「郷に入っては郷に従え」。海外から来た人間はその国のやり方に合わせるべきだ、文化的な違いがあっても自分で何とかするべきだ——そう考えれば、企業や組織としては対応を行わなくても済みます。
しかし、現在の経済状況や人材不足の深刻さを見れば、そうした「放置」が長期的に社会全体を支えきれないことは明らかです。採用した外国人社員や海外へ派遣した社員が、文化やコミュニケーションの壁の中で力を発揮できないまま辞めてしまう。あるいは、誤解や摩擦が積み重なり、本来ならもっと出せたはずの成果やシナジーを逃してしまう。
それは、本人にとっても、会社にとっても、社会にとっても「不幸」です。では、異文化コミュニケーションの問題は、具体的にどのような「ビジネスリスク」として現れるのでしょうか。
1. 現場で起きている「前提のズレ」
国や言語が違えば、メールの書き方、会議での発言、沈黙の長さ、締め切りの捉え方など、細かい違いはいくらでもあります。
こうした「表に見える違い」の根本にあるのが、それぞれが持っている 前提(ものの見方・価値観) の違いです。仕事のあり方、人間関係の距離感、時間の使い方、「人生において仕事とはどうあるべきか」といった考え方まで。
自分の前提は、家庭・教育・職場・組織文化などから形づくられ、本人にとっては「あまりにも当たり前」なものです。そのため、自分の前提と異なる前提に出会うと、「相手がおかしい」「相手が間違っている」と感じやすく、「自分にも前提がある」とは、なかなか意識されません。そして、自分の前提を言葉で説明できる人は多くありません。結果として、自分の前提は自覚されておらず、相手の前提は「理解不能なやり方」に見えるという状況になり、現場ではじわじわと不信感や諦めが溜まっていきます。

2. 放置すると発生する「4つの具体的リスク」
この「前提のズレ」を放置すると、企業にとって具体的なリスクが顕在化します。以下では、代表的な4つの例を挙げています。
① プロジェクトの遅延:意思決定プロセスの違い
まず合意形成を丁寧にしてから進めたいチーム
走りながら考えたいチーム
リスクを可能な限り潰してから決めたいチーム
不確実性を許容して早く決めたいチーム
こうした前提の違いにより、不信感やコミュニケーション障害が芽生え、結果として意思決定が遅れていきます。
② コストの増大:認識のズレによるやり直し(Rework)
「ここまでやれば十分」という基準がチームごとに違う
そもそも「完成イメージ」の前提が共有されていない
この状態で進めると、後からやり直しが発生することもあります。一度一度は小さく見えても、積み重なれば時間・人件費・機会損失は無視できません。
例えば、小さな機能修正に本来は「2人で20時間」かかるところを、認識のズレから「さらに10時間のやり直し」が発生したとします。1時間あたりの人件費を50ユーロと仮定すると、10時間 × 50ユーロ = 500ユーロ の追加コストです。こうしたReworkが年間で10件、20件と積み重なれば、数千〜数万ユーロ規模のロスになっていても不思議ではありません。
③ 人材の流出
上下関係、意思決定、社内コミュニケーションに関する共通の理解がない場合、マイノリティに属する社員は、職場で次のように感じやすくなります。
自分の意見がきちんと理解されていない
自分の強みや経験が十分に評価されていない
言語や文化の違いを真剣に受け止めてもらえてない
表面上は大きな衝突がなくても、「どうせ分かってもらえない」「ここにいても、自分らしく働けない」という気持ちが、少しずつ積み重なっていきます。そして、これらが孤独感や疲労感を招き、最悪の場合には燃え尽きることになります。
こうした人材の流出は、採用・オンボーディングのコスト、現場で育った暗黙知やネットワーク、「外国人にも働きやすい職場」という企業イメージといった資産を失うことにつながります。
一人の離職が企業にもたらすコストは決して小さくありません。一般的には、「一人が辞めるコスト」はその人の年収の半分〜1.5倍程度になると見積もられることが多いと言われています。年収5万ユーロの外国人社員が1人離職するだけでも、数万ユーロ規模の損失になる可能性があります。異文化摩擦が原因で、こうした離職が毎年何人かずつ積み重なっていくと、その影響は無視できないものになります。
④ シナジーの未達:M&AやJVなどで期待した効果が出ない
M&Aやジョイントベンチャーでは「1+1を2以上にする」ことが狙いですが、異文化摩擦が放置されると、片方のやり方だけが一方的に押し付けられる、不信感から情報共有が滞るといった状態になり、本来出せたはずのシナジーが十分に発揮されないまま終わってしまうことがあります。
3. リスクを回避し、ポジティブな効果へ
これらのリスクを避けるために鍵になるのは、「見えない前提」を言語化し、共有するプロセスです。
例えば、
プロジェクトの着地点はどこか
仕事のスピードと精度のバランスをどう考えているか
顧客やパートナーとの関係性をどう築きたいのか
といった前提を一度立ち止まって言葉にし、相手の前提と照らし合わせるだけでも、何が違いの源になっているのか、どこは譲れず、どこはお互いに歩み寄れるのかが、見えやすくなります。このプロセスを丁寧に行うことで、意思決定のスピード向上、チームのエンゲージメント向上、コミュニケーションの仕組みづくりにつなげていくことができます。
異文化コミュニケーションを「問題」や「リスク」としてだけでなく、新しいやり方や発想が生まれる源泉として活かすためにも、まずはこの「前提の見える化」が出発点になります。
4. 結び
たかが文化、されど文化。異文化摩擦は、「仕方ないこと」でも「どこにでもあること」でもありません。そして、郷に入っては郷に従えの精神でどうにかできるものでもありません。
だからこそ、異文化摩擦を経営レベルのリスクとして正しく扱うことが、日独ビジネスの成功の鍵になると感じています。


